ペルセウス座
001 - まだ脆いままの鏡
物間と元いじめられっ子な上鳴の幼馴染
「ねえさん」
わざわざ物間くんがこの呼び方を選ぶ時は、決まってとびきりのいじわるを言う。そもそも彼がわたしに優しかったことなんて一度もないのだけど。
いじわるな言葉は、聞こえないふりをするのが一番だ。窓の外に目を向けたまま振り返らずにいると、彼はそれを見越していたように構わず言葉を続けた。
「疑わない事と信じる事は、違うんじゃないのかなぁ?」
その盲目で自滅したいなら止めないけど。物間くんは冷たく言い捨て、わたしから離れていった。
なにが、いいたいの。
いつもなら誰かのいじわるなんて、電気くんと過ごす時間を考えればどうでも良くなる。なのに今日は、今日だけは、鋭く尖った氷のような物間くんの言葉が、ずっと喉元に刺さったまま溶けようとしてくれなかった。
002 - どんな正しさよりもうつくしい焔
10年後の獄寺夢主
視界が白く歪み、重力に逆らうような奇妙な感覚が全身を襲った。立ちくらみだろうかと思った次の瞬間に視界が開ける。景色ががらりと変わっていた。懐かしい校舎、教室、放課後の喧騒。一拍遅れて、今日の日付を思い出す。そうだ、この日は。
もしも、まだ迷っていた頃の獄寺に会えるなら。伝えたいことはたくさんあって、その中でも一番に、どうしても聞いてほしいことがあって。十四歳の獄寺に、私の言葉はまだ響かないかもしれない。それでも世界で一番愛する彼に、伝えない理由にはならないだろう。
驚いた顔で固まっている、いつか恋人になる彼の手を取った。振り払われなかったことに、こっそりと安堵する。
「ずっと私の手を離さないでいてくれて、ありがとう」
今はわからなくてもいい。あなたがあなたであるのなら、同じ光を目指して駆けようとするのなら、私たちはきっとここに辿り着ける。
003 - 沈黙だけが愛だったのさ
防衛部と連載夢主、硫黄視点
なんだか、妙に「静か」だった。
八割ほど座席の埋まった早朝の電車内は、人々の話し声や電車の走行音などが重なり合い、適度な雑音で満たされていた。にも関わらず、「静か」に感じたのは何故だろう。
答えは、すぐ隣りにあった。耳馴染んだ立とさんの声が止んでいたのだ。おそらく眠っているのだろう、その眠りが穏やかであることは疑いようがない。向かいの座席に座る三人の、立たちに向けられた表情を見れば明らかだった。
きっと今、自分も同じ顔をしているのだろう。言葉などなくとも伝わるこの優しい感情の名を、ここにいる私たちは誰よりも知っていた。
004 - 心臓に触れるように杯を持つ
新殺と男主人公のサポートマスター
「アサシンが傍にいるとよく眠れるんだ」
俺をこの天文台に喚んだ娘は、夜ごとそう言っては嬉しそうに微笑むのだった。それは良かった、俺は笑顔を浮かべて、毛布を肩口までかけてやる。
「眠るまで、傍にいてね」
幼子のような甘えを口にして、娘は毛布の端から片手をのぞかせる。俺は頷き、その手を取る。娘が安堵とともに瞼を下ろせば、ゆるやかな呼吸音はすぐに寝息に変わるだろう。
愚直なまでの信頼は、雛鳥の刷り込みに似ている。最初こそあまりの警戒心のなさに呆れたものだが、──次第、心地よさを覚えるようになった。絆されたものだと、今度は自分に呆れる番だった。
ほんのり高いマスターの体温が、俺の手の中でじわりと溶ける。薄い皮膚の下で脈打つのを感じるたびに安堵する。
良い夢を、見ますように。そして夢の中でも彼女の信頼が捧げられるのは自分であれと、そっと握る手に祈りを込めた。
005 - 私をユダにしてください
花宮とクラスメイト
「どうしてユダはイエスを裏切ったのだと思う?」
花宮は私がたった今閉じた文庫本に視線を落とした。それからゆるく首を横に振る。
「さあな、お前は?」
「私は処刑も復活もパフォーマンスだと思ってるわ。ユダはイエスの復活という奇跡を演出するために裏切り者を演じたのよ」
「へえ」
彼は口の端を歪めて笑う。花宮真の、こんな表情を知るのは限られた人間だけだ。普段は完璧な仮面を被っている。私と同じ、イイコの仮面を。
「私なら、あんたのユダになれるわ」
私ならこの男の共犯者になれる。この男を深く理解している私なら。これ以上の愛の証明など、この世のどこにも存在しない。
006 - 貴方さえいなければ不幸になれる
スカルと呪い前からの恋人
憎んでいたわけじゃない。嫌っていたわけじゃない。むしろ愛していた。誰よりも愛していたのだ。
だから逃げた。何度だって逃げた、逃げて逃げて逃げ続けて、無駄だと気付いてからも逃げることをやめられはしなかった。あの人の隣に立ちたくなかった。あの人の隣が俺以外の人間で埋まるのだって見たくなかった。だから、なのに。
「今度のかくれんぼも私の勝ちね」
ふふ、と唇をゆるませて、あの人は至極幸せそうに笑う。数カ月ぶりの再会だった。
「会いたかった、私のスカル」
小さな俺の体は軽々抱き上げられて、柔らかな胸の中に深く沈められてしまう。ぎゅうぎゅうと力いっぱい抱きしめられては、いくらあがいても抜け出せない。
そのたびに俺は絶望する。彼女を抱きしめ返すことも出来ないこの体に。一方で安堵もしていた。まだ愛されている。求められている。それを確かめたくて、俺はまた逃げ続けるのかもしれない。
007 - 春を乞うのは冬の病気
蔵王と連載夢主
「あ~っ寒い……。今すぐあったかくならないかなぁ」
「んなこと言ってると、南国怪人とか出てきたりしてな」
「なにそれ」
「寒さに怒って、あったかい風をぶわーって出してくる怪人」
「退治しなくていいじゃん、それ」
「ウォンさんは怒るだろ?」
「いっそウォンさんがあったかくしてくれたらいいのに。いつもの宇宙パワーでさ」
「愛のために、って言えばやってくれるんじゃね?」
「そういう言いくるめだったら、得意なの蔵王でしょ」
「俺は寒いの嫌いじゃねーもん」
「そうなの?」
「寒いと女の子とくっつきやすいだろ?」
「ああ、はいはい」
「なんだよ、その冷たい目は!」
「寒いの、好きなんでしょ」
「そーゆーのはナシ!」
008 - 悪魔が私に優しい理由
骸と一般人の黒曜中生
もし。もしもこの世に、悪魔というものが、本当に存在するのなら。私はそれに該当しうる男を一人だけ知っている。静謐な夜空の濃紺と、鮮やかな血の真紅を瞳に持つ男。人の手の届かぬ場所で形作られたような美しさは、ただそこにあるだけで人を狂わせるような恐ろしささえ感じさせた。
「僕の顔に、何か?」
紡がれる声まで甘やかに、六道骸はやわらかく微笑む。人を惹きつける容姿だと、重々承知の上で問うのだから腹立たしい。
「別に、何も」
あの微笑みに巣食う恐ろしいいきものの姿を、片鱗すら知り得ない。それでも肌で感じるのだ。この美しさに目を閉じたら最後、私が目覚めることは二度とないのだと。
009 - 「お姫さまが待っていますよ」
ベルと部下兼恋人
怒りはなかった。憎しみもなかった。その色が呼び起こすのは、どこまでも純粋な興奮だ。自分の半身をこの手で殺めた時の、二度と味わえぬ興奮、ただそれだけ。
ナイフで突き刺した肉の感触が、流れ出る鮮血の形が、耳を劈く悲鳴が、刺す度に血が溢れて、血、血が、血、血、血、血血血血血血血血血血、死死死死死死死死死死死死。
笑いが止まらなかった。視界が血に塗れるほどに思考は冴え冴えとして、目の前の命をひたすら枯らしていく。
「──ル様」
もっともっと、紅く塗りつぶしてやれ。「あいつ」が肉塊になるまで、「オレ」が肉塊になっても、──
「……ベル!」
血の色に埋没していた思考が、ひたりと止まる。もう帰ろう、ベル。差し出された手を取れば、あの日の続きはそこで終わった。
地の底までもこの手は、この声は届くだろう。彼女がオレだけのものである限り。オレだけを求め続ける限り。
010 - 過去にだけうつる緋色
白蘭と不老不死の薬師
人はいつか死ぬ。多くの命を見送ってきたは、それを誰よりも知っている。だからこの地獄もどうということはない。人が作った地獄なら、やがて終わりは来るだろう。終わりなき生をもつにとって、目の前の男がもたらす破壊も殺戮も何もかも、見飽きた悪夢と同じだった。
「へえ。さすが仙人サマってカンジだね」
白蘭と名乗った男は、楽しげに口の端をつりあげた。男の背後には、世界の礎とされる七色の秘宝が仰々しく陳列されている。見慣れたそのうちの一つが、の硝子玉のような瞳に映り込む。
仙人と呼ばれ永い時を生きてきたを、人間に引き戻してくれた男はもういない。主を失い輝きを奪われた赤いおしゃぶりが、がらんどうのの心の中でころりと転がった。
011 - 白は透明とはちがう
水月と元看守
何かが足りない気がする、と気付いたのはごく最近のことだった。
大蛇丸から解放されてしばらく経ち、浅い眠りの合間に見る夢からもようやく大蛇丸の影が薄れてきた。そして近頃の夢に映るのは、どうにも見慣れない景色ばかりなのである。
何かが足りない。何かを、忘れている気がする。今まで意識もしていなかった空白に、気付いてしまえば無視できなくなる。しかしいくら記憶を手繰ろうとも、空白は空白のまま何も浮かび上がることはないのだった。
眠りに落ちる前には、夢の中の輪郭を眼裏に描き出す。そうすれば夢の続きが見られる気がしたから。
白く塗りつぶされているあの景色に、どうしても心惹かれている。冷たい水に滲んだ誰かの笑顔を、分厚い硝子越しに触れた誰かの手を、水月は取り戻したかった。
012 - 天河はこんなにも冷え切って
花宮と幼馴染
「おばさん、相変わらずマメだよねえ」
言いながら、は俺のために用意されたケーキを遠慮なく口に運ぶ。その言葉には賞賛も嫌味もなかった。母が耳にしたらさぞ気を損ねただろう。あの人は、女手一つで俺を育てている自分が、そのために努力している自分が好きなのだ。一番嫌いなのは男に寄生する女と無関心。まさにのような女。
「でも、愛する息子の好みは覚えないんだね?」
愛する息子。小馬鹿にしたように言いながら、最後の苺にフォークを突き刺す。
誕生日に定番のショートケーキは、普段よりもいくらか気合の入った夕食とともに冷蔵庫に収められていた。一緒に過ごせなくてごめんね、というメッセージカードを添えて。
「どうせ来年で最後だ」
産んでくれと頼んだ覚えなど毛頭ないが、あの人のおかげで不自由なく過ごせているのは確かだった。あの人の庇護の元にあるうちは、自己満足にも付き合ってやろう。
「へえ、まこくんなりの親孝行ってわけ?」
綺麗にケーキを平らげたは、からかうような笑みを浮かべた。
母と違って察しの良いこの女が、今ばかりは少し厭わしい。
013 - 燃える瞳を見せておくれ
加州と神職系の審神者
夕暮れの薄明に物悲しさを感じるのは、なぜだろう。
本丸を覆う空に映る光は、全て自然光に限りなく似せたつくりものだ。日の巡りも、月の満ち欠けも、星座の移ろいも、全てが「そのように」設定されているだけ。それでもこの橙色の光はいつも、の胸に郷愁の念を呼び起こすのだった。自分の帰りを待ってくれる場所へ、待ってくれる誰かの元へと、帰りたくなる。それが何処かもわからないのに。
「帰りたい?」
「……口に、出てた?」
気付けば隣に並んでいた加州は、首を横に振った。「そういうふうに見えただけ」俺も刀だけど、なんとなくわかる気がするよ。柔らかく微笑む加州に、はただ驚いた。いつの間に、こんな落ち着きをそなえるようになっていたのだろう。少し前までは、に手放されることを何よりも恐れていたのに。
穏やかに細められた目の中で、夕日を受けて輝く瞳がをそっと見つめ返す。鮮血のような真紅が、今は炎のようなあたたかさを灯していた。その眼差しのやさしさに、は思わず手を伸ばしていた。
──私の帰る場所は、ここなのかもしれない、と。
014 - 呪いさえ失った私には
置いて行かれたサソリの幼馴染
久々につまらないミスを犯した、その代償は大きかった。
鏡に映る腹部は、何度見ても傷一つ見当たらない。入念に指先を滑らせても痕跡すら感じられなかった。
新しい医療忍術が開発されましてね、古い傷も治すことができるようになったんですよ。にこやかな医療忍者の言葉が、ぼんやりと脳裏に蘇っては消えていく。数日前の任務で、自分でも呆れるほど派手に負傷した。その治療とともに古傷も綺麗さっぱり治されたらしい。
古い傷。の腹部に鎮座していた大きな醜い裂傷は、十年前に死ねなかった己の未熟さと生き残った自分の誓いの証だったのに。なくてはならない、導のようなものだった。
それを失うのもまた、未熟さゆえに。
悔恨に握りしめた左手が鈍く軋み、悲鳴に似た音を漏らす。あの人が与えてくれたものは、もうこれしかなくなってしまった。傀儡の左腕だけが、目に見えるあの人との繋がりだ。
次は、次こそは、必ず。あの人に殺される私になる。そしてすべてがあの人の傀儡となるのだ。全身余さず捧げよう。それまで、この腕だけは失えない。固く誓うように、傀儡の指先に唇を落とした。
015 - 月は真実を愛さない
最終章で恋人に先立たれた弓親
青白い月光に晒された弓親の横顔は、瞬きさえやめてしまえば死人のように静謐で、人形のように美しかった。窓の外へ投げられた瞳に映るのは過去の景色ばかりだと、隣で杯を傾ける一角は知っている。
三年という月日はこの世界が受けた傷を癒やすには充分だが、忘れるにはあまりにも短い。世界は滞りなく巡り始めても、人々の心に落ちた深い影はそこかしこに残されている。世界が息を吹き返すほどに、いなくなった人の影が一層浮き上がるようでもあった。
彼女の葬儀で一滴も涙を零さなかった弓親は、一角の前でも傷付いた顔を見せることはなかった。それでも明るい月夜には、失った人の影が彼に寄り添うのだろう。弓親が一角を飲みに誘うのは、そうした晩ばかりだった。
酩酊に自ら沈みゆくように杯を干す合間、弓親が囁くのは、月夜に浮かぶ亡き人の影に向けて。月の光に滲む囁きこそが、流されなかった涙の代わりだった。
016 - 幻燈のあたたかそうな夜
後藤と一般人審神者
おおよそ百年後の科学技術をもってすれば、真冬の日本家屋でも快適に過ごすことができる。それでも数百年前にうまれた刀たちにとって、古来の暖房器具や照明器具の方が落ち着くのか、今冬の大型任務の報酬だった灯籠と火鉢はいつでも人気だった。夕食後にはいつも誰かしらが火鉢の周囲で談笑している。混ぜてもらうこともあったけど、わたしは少し離れたところでそれを見ているのが好きだった。
「大将は火鉢にあたらないのか?」
厨番だった後藤くんは居間に戻るなり、まっすぐわたしの隣へやってきた。火鉢の対角でぼんやりとしているわたしを気にしてくれたらしい。
「楽しそうなみんなを見てるのが楽しいの。後藤くんこそいいの?」
「俺はさっき弟たちとあたってたから。独占しちゃ悪いだろ」
それに、と付け加えられた言葉は、気をつけなければ聴き逃してしまいそうなほど小さかった。
「……大将の隣の方が、ずっとあったかいよ」
017 - 苦いつもりのミルク珈琲 
レオードと彼女
わさびが嫌い。パクチーが嫌い。辛いものが嫌い。そういう話になると決まって現れる、「子供だね」とか「人生損してるよ」とか言い出す人間が、ものすっごく嫌い。
「……って、何がおかしいの」
「おかしいっていうか、かわいいなって」
レオはくすくすと笑いながらココアに口をつけた。なにも笑うことないじゃない、レオのばか。
「レオだって、コーヒー飲めないくせに」
「別に、飲めないわけじゃない」
ムッとしたようなレオに、こちらもさらにムキになってしまう。それじゃあ、と私のコーヒーを差し出すと、レオは少しためらってから、思い切ったように一口含んだ。びくりと固まり、顔一杯に渋面を浮かべてから、どうにかこうにか飲み下す。
「ほら、飲めたろ」
褒めろと言わんばかりのレオには、さすがに怒る気持ちもどこへやらだ。偉いね、と受け取ったコーヒーは、さっきよりも少し甘い気がした。
018 - 君だけが君を択ばない 
御器谷とクラスメイト
ボクなんて、ボクなんかが、ボクみたいなやつが。
御器谷くんのくちびるから出るそんな言葉たちを止めるには、いったいどうしたら良いのだろう。……今日もまた、ほら。
「ボクなんかと一緒にいても、さんの時間を無駄にしちゃうだけだよ」
そんなことないよ。わたしが御器谷くんと一緒にいたいから、そばにいるんだよ。何度伝えても、どう伝えても、御器谷くんはくしゃりと顔を歪めてしまうばかりで。
「……御器谷くんは、わたしと一緒にいるの、嫌かな」
ずるいなあ、と自分でも思う。御器谷くんはきっとそんなこと言わないだろうなと、わかってて聞いている。
「そ、そんなこと! あるわけないよ、絶対!」
ぶんぶんと首を振って力一杯言うから、わたしはほっと胸を撫でおろす。わたしが言わせたようなものなのに、安心してしまうなんて、だめだなあ。
それでも離れがたいと思ってしまう。かなしい言葉たちを彼のくちびるから追い出す方法を見つけるまでは、きっと。
019 - 海を知らない真珠のために 
水月と看守のお姉さん
「なんでこんなとこにいるのか、ですって?」
分かりきったことを聞くなとでも言いたげに、お姉さんはボクをじろりと睨み付けた。ようやく名前を呼んでくれるようにはなったものの、相変わらずお姉さんはちょっと冷たい。
「だってボクのことはいろいろ話したじゃないか。お姉さんの話も聞いてみたっていいだろ?」
「あなたが勝手に喋ったんでしょ」
はあ、と呆れたような顔で溜息を吐くものの、お姉さんは持っていた巻物を仕舞ってボクの水槽に近付いてくる。話に付き合ってくれるときの合図だ。
「戦争で里ごとなくなった。餓死寸前で転がってたらあの人が来た。そのまま連れていかれてあれこれ弄くりまわされて……」
「閉じ込められた?」
「そう。あなたと一緒よ、水月」
言いながら、お姉さんはコンコンとボクの水漕をノックする。この硬いガラスは堅牢で、どんな術をぶつけたってびくともしない。
「このアジトはね、私にとってこのガラスと同じなの」
逃げられるならとっくに逃げてる。ぽつりと、泡に溶けそうなほどの小さな声でお姉さんは呟く。瓶詰めみたくされたボクなんかより、その声はよっぽど息苦しそうだった。
020 - 手向ける花も無い季節 
スクアーロと暴食系女
「はぁ~い、おつかれ。そっちも片付いたみたいね?」
緊張感の感じられない間伸びした声に、スクアーロは視線だけで振り返った。スクアーロが築いた死体の山に腰掛けて、彼と同じ真っ黒のコートに身を包んだ女がひらひらと手を振っている。だ。あちらも片付いたらしい。
スクアーロは最後の死体から愛剣を引き抜くと、鋭く一振りして血脂を払い落とした。派手に飛び散る赤黒いそれに、さっそくお気に入りのチョコバーにかぶりついていたがむっと眉を寄せる。
「ちょっとお、こっちに飛ばさないでよね」
「てめえだって血被ってんだろぉ」
「残念、あたしはもう着替えた。血塗れで食べたくないし」
「食うなあ!!」
彼女の異常なまでの食欲は、いかなる場所でも衰えることはなかった。このような死体の真っ只中でも平然と食べ物を取り出すのだから異常という言葉でも足りないかもしれない。血塗れで食べたくはないというわずかばかりの理性はあるものの、死体の上に座り込んでいてはすべて台無しだった。
「なによスペルビ、あんたも食べたいの? あげないわよ」
「要らねえ。それより、撤収準備は」
「ばっちりよ。指示すればすぐにでもドカン!」
花火でも表現するように、がぱっと拳を開くジェスチャーをする。ボンゴレの重要機密を盗み出した敵対ファミリー傘下のアジトがこの館だ。めぼしいデータはが回収し、残りは跡形も無く吹っ飛ばしてしまう算段だった。
「今日は乾燥してるし、きっとよく燃えるわよ」
「違いねえ。雪が降り出す前に撤収するぞお」
バルコニーへ出ていくスクアーロに、も「はあい」と応じる。開け放たれた窓からは冬の夜気が流れ込み、凍てつくような寒さが雪の気配を感じさせた。ぶるりと身を震わせたは手早く残りのチョコバーを口へ放り込むと、そこらに転がった死体の服で指先を拭ってから後に続いた。