予行演習

「いいなぁーっ、わたしも記者会見したい!」
 が突拍子もない事を言い出すのは、付き合いの長い出水にとってはさほど珍しくもないことである。
 出水はスマートフォンから視線を上げた。新婚の初々しさが滲む男女の姿が、太刀川隊作戦室の大画面に映し出されている。隣に座るは、食い入るように画面を見つめていた。
 昨日の夜に開かれた超売れっ子芸人と美人女優の結婚記者会見は、二人のネームバリューと会見の際に見せた仲睦まじい様子が話題となり、どの局でも取り上げられている。今流れているのも、SNSでも人気が出た質疑応答のダイジェストだ。
 会見の生中継を見てからというもの、は口を開けばこの話をしていた。特に、少々意地の悪い記者質問に対する、芸人の軽妙な切り返しがの心を打ったらしい。しきりに彼の話術の巧みさを褒めちぎり、「結婚するなら頭が良いひとがいいな」とまで言い出すほど。あまりの惚れっぷりが面白くなくて「今更好きになっても既婚者だぞ」と釘を差したが、どこかうっとりと頬を染める幼馴染にはまるで効果がなかった。
 さて、結婚相手の次は記者会見と来た。出水はスマートフォンのゲームを閉じ、の横顔をじっと見つめる。
「記者会見って、なんの」
「そんなの決まってるじゃん、結婚記者会見だよ」
「……へえ」
 結婚報告会見をするということは結婚するということで、結婚には相手が必要なわけで。
 子供のように瞳を輝かせているが、そんなことまで考えているわけがない。昼間の「結婚するなら」だって、さして意味はないのだ。
 生まれてからの付き合いだ、の考えそうなことくらい分かっている。分かっているのに、どうにも平静でいられない自分が恨めしい。乱された心を誤魔化すように深々と溜息をついてみれば、はむっと眉を寄せた。
「なあに、その反応」
「記者会見ってのは有名人が開くもんだろ? おまえ有名人なの?」
「なるかもしれないじゃん。有名人と結婚するかもしれないし」
 頭のいい有名人と結婚。そして記者会見。インテリで売っている芸能人の顔が出水の脳裏を一瞬で駆け巡る。ダメだ、ダメだ。そんなの許せるわけがない。
「どこで出会うんだよ。ぜーったい無理だって」
「も~っ、夢がないなあ!」
 出水がつれないと分かったは、向かいのソファに寝転ぶ国近に助けを求めた。
「ねえねえ柚宇さん、柚宇さんはわたしの味方ですよね」
「なーに言ってんだよ。柚宇さんはうちのオペレーターなんだから、おれの味方だろ」
「はいはい、柚宇さんは一人しかいないからね~」
 ゲームに熱中していたはずの国近は、耳はちゃんと二人の会話を拾っていたらしい。ゲーム機を弄る手は止めないまま、のんびりとした声が返ってくる。
「ほら、柚宇さんも困ってんだろ」
 聞き分けのない子供をあやすような口調に、の目元はますます険しさを増した。むきになって諦めさせようとする出水に釣られたのか、の方も徹底抗戦の構えが出来てしまったようだ。
「いいもん、公平は記者会見呼んであげないから」
「はあ?」
「柚宇さんは~?」
 ゲームの片手間に問う国近に、は「うーん」と首を傾げる。
「司会のお姉さんとかどうですか?」
「おっ、いいね~」
 いつの間にかゲームを終えた国近は、ゲーム機を手元のポーチにしまいながら体を起こした。出水が恨めしげな視線を送ると、国近はいたずらっぽい笑みを返す。
「よーし、じゃあ今から練習しとこっか」
「柚宇さん、こいつのこと甘やかさないでくださいよ」
 国近の裏切りで一気に形成を逆転された出水は、声に不満をありありと滲ませながら口を尖らせた。まあまあ、と執り成すように国近が言って、こほんと咳払いする。
「えー、本日はお集まりいただきまして、まことにありがとうございます。ただいまより、出水公平、の、結婚報告会見を始めさせていただきます。本日、司会を務めさせていただきます、太刀川隊オペレーターの国近柚宇です。よろしくお願いいたします」
「わ~っ、本格的! 柚宇さんすごい!」
 深々と頭を下げる国近に、は興奮した様子でパチパチと手を叩く。勝手に結婚相手が出水になっているものの、気にした様子はまるでない。喜べば良いのか悲しめば良いのか、出水には判断がつかなかった。
「えー、さて。それではまず、出水さんからご挨拶をお願いいたします」
「……はっ? おれ!?」
 思わず国近を見れば、「まずは旦那さまからでしょー?」と当然のように促された。
 旦那様。相手がなら吝かではないが、茶番を止めようとして巻き込まれる羽目になろうとは。冒頭の挨拶なんてテレビで見ていないし、なにを言ったものかさっぱり思いつかない。
 というかそもそも、柚宇さんはなんでおれに振ったんだ? まさかおれの気持ちに気付いているんじゃないよな?
 焦る気持ちを抑えながらも、元凶であるを振り返れば、背筋を伸ばして上品に座り直し、「あなた、がんばって」なんて微笑んでいる。気分は新婚の美人女優だろうか。にとってはままごと同然だろうが、好きな相手に「あなた」と甘く微笑まれて平気でいられるほど、出水の精神は幼くはないし、かといって成熟もしていない。動揺が顔に出る前に、出水は急いで顔を逸した。
「あー……、えーっと、本日は、お忙しい中お集まりいただきまして、ありがとうございます?」
 ボーダーの記者会見を思い出しながら、出水はどうにか言葉を捻り出す。が隣で、パッと明るく笑ったのが気配でわかった。出水がようやく折れたと喜んでいるのだろう。
 まったく、ばからしい。
 こんな茶番を高校生にもなってやっていることも、こんなことで喜ぶ幼馴染も。
 なにより馬鹿みたいなのは、が楽しそうに笑うなら、茶番も悪くないと思っている自分だった。




Up:2019.06.14
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